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秋田家庭裁判所花輪出張所 昭和48年(家)44号 審判

申立人 青木春子(仮名)

相手方 志村登志夫(仮名)

事件本人 志村あい子(仮名) 昭四四・四・一一生

主文

本件申立を却下する。

理由

(1)  (申立の趣旨および理由の要旨)

申立人は「事件本人の親権者を相手方より申立人に変更する。」旨の調停を求め、その調停が不調に終つたので、法律上同旨の審判の申立がなされたものとみなされる。

申立人はその理由として、

(イ)  申立人と相手方は昭和四二年三月一六日婚姻し同四四年四月一一日事件本人をもうけたが、同四五年一〇月一九日協議離婚し、その際事件本人の親権者を相手方と定めた。

(ロ)  相手方は以前からテンカン性の病気に患つており、離婚後間もなく血管、内臓諸器官の病気に患り入院し、健康体に回復する見込はなく、しかも時々病院から外出し飲酒しており、事件本人の監護養育は祖母に任せきりである。このような状態により事件本人に重大な悪影響が生じるおそれがあり、また事件本人は母である申立人のところへ来ることを希望している。

(ハ)  申立人は現在青木政義と再婚し、夫婦で中華料理店を経営し相当な収入をえており、事件本人を引きとつた暁には家事育児に専念する所存である。

(ニ)  以上の理由により申立人が事件本人の親権者となり、実際上監護養育するのが事件本人の幸福となると思われるので本件申立をなした。」と述べた。

(2)  (当裁判所の判断)

(イ)  戸籍謄本ならびに申立人および相手方の調停期日における各陳述によると、申立の理由の(イ)事実が認められる。

(ロ)  医師高世光弘の回答書、調停期日における申立人、相手方、同医師および志村ミヨの各陳述、当庁大館支部調査官進藤三郎の各調査報告書を総合するとつぎの事実が認められる。

事件本人に対する親権行使の状況をみる。事件本人は出生後一〇ヶ月位で相手方の母である志村ミヨに引きとられ現在まで養育されて来た。それは申立人と相手方がスタンド・バーを経営して事件本人の育児のゆとりがないとの理由によるものではあつたが、引きとられたのち申立人は事件本人に面会に赴くことが少なかつた。離婚後相手方は経営していたスタンド・バーを閉店し他にバーテンとして働くことになつたがかつて頭を怪我したことによる後遺症と肝硬変のため昭和四六年八月一〇日○○組合病院に入院し、同四八年一月五日から○○病院に移され現在に至つており、その病名は慢性酒精中毒症、てんかん、肝硬変症となつている。入院中、医療扶助と生活扶助を受け、生活扶助として相手方自身と事件本人にそれぞれ月額五、五〇〇円が支給されている。相手方の病状は快方に向つているが現段階では退院の見込はつかない。

ところで、事件本人の養育はこのような事情のゆえに父方祖母である志村ミヨによつてなされているのでその家族構成と家屋および経済的事情をみると、祖母の他、祖父その次男の夫婦と二人の子供の家族が同居し、家屋は粗末なものではあるが相手方が退院しても一応住める間取りがあつて、不足を感じることはない。また春から秋までは祖母と事件本人の他はすべて出稼ぎに出ているので、冬だけが以上の家族が同居する形となる。さらに、経済的には、出稼中祖父と次男から合計七万円余の送金があり、祖母と事件本人の生活に困窮することはない。

このような状況下において、事件本人は上記のように生後一〇ヶ月で祖母に育てられていることもあつて、祖母になつき、その家族とも円満に暮している。

そこで申立人の状況をみる。申立人は相手方と離婚後青木政義と再婚したが、未だに子に恵まれていない。夫婦とも健康で中華料理店を営んでいたが住居から遠いのでこれを閉店し、住居の近くに開店する予定であるが、貸店舗用の建物が未だ完成していないので、夫である青木政義はアルバイトとして運転手をし、月収一二万円ないし、一三万円を得て生活に別段困ることはなく、事件本人をひきとつてもなおゆとりがある。

しかしながら、事件本人は上記の養育のいきさつと申立人の過去における疎遠な素振りの結果とから申立人を真に母として慕う気持がうすい。

(ハ)  以上認定の事実にもとづき考えると、なるほど親権者である相手方は肝硬変等の病気により入院中で退院の見込がたたない現状であり、仮に退院したとしてもただちに独立して事件本人を現実に監護養育する能力を有しているとは認められないのに対し、申立人は経済的にも一応恵まれ事件本人を引きとるにつき夫の理解もえているけれども、事件本人は現に祖母のもとで養育されており、かつ祖母との親和性が強く、これに反し母たる申立人に対する親和性に乏しい。

それゆえ、現段階において、事件本人を申立人が引きとつて養育することにすることは、いたずらに幼少の事件本人の心を傷つける結果となつて、決して事件本人の利益にはならないものと考えられる。

なお当裁判所は調停の段階において申立人に対し暫時事件本人との接触を保つて事件本人との親和性を増すよう努力し、その状況を見たうえで調停の結論を出すべく提案したが、申立人は祖母が面会を拒否すること、その家族が申立人に対し暴力を振るうおそれがあることを理由にこの提案を受け容れなかつた。それゆえ当裁判所は申立人と事件本人との接触の機会を与えるよう祖母とその家族に指示してこれを確保することを約したけれども、申立人はかたくなにこの提案を容れず、早期の審判を希望した。

将来申立人が何らかの方法で事件本人と接触をはかり相互の親和性が増しあるいは相手方の事情に変更があり事件本人の監護養育等親権の行使を不適当とする事情が生じたならば格別、現段階において申立人を事件本人の親権者とすることは事件本人の利益とならないものと断ぜざるをえない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 東孝行)

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